会津塗——蒲生氏郷が持ち込んだ産業会津塗——蒲生氏郷が持ち込んだ産業
会津塗の起源は、蒲生氏郷が会津に入封した際、近江から職人を連れてきたことに始まるとされています。以後、江戸時代を通じて藩の保護のもとで発展し、金・銀の粉を使った蒔絵や、漆を塗り重ねて研ぎ出す会津独自の技法が確立されました。
こづゆ——ハレの日の乾物汁こづゆ——ハレの日の乾物汁
会津の郷土料理として知られる「こづゆ」は、干し貝柱の出汁をベースに、里芋・人参・椎茸・豆麩などの乾物や野菜を具材にした汁物です。もともとは会津藩の武家料理として、冠婚葬祭などのハレの日に食されていました。会津塗の朱色の椀に盛られる様式も含めて、一つの完成された食文化といえます。
地元では常識、観光ガイドでは省略されがちな話
こづゆは「何杯おかわりしてもよい」とされる料理で、来客をもてなす際、小ぶりの椀に少量ずつ盛って何度もお代わりを勧めるのが会津流の礼儀とされています。これは海から遠い内陸の会津で、乾物という貴重な食材を分け合って振る舞う知恵から生まれた作法だと考えられています。
地酒の町、会津地酒の町、会津
会津は名水と良質な米に恵まれ、江戸時代から酒造りが盛んな土地として知られてきました。現在も会津若松市内には複数の酒蔵が営業を続けており、全国新酒鑑評会でも高い評価を得る蔵が少なくありません。城下町の歴史ある町並みの中に酒蔵が点在する景観そのものが、会津の産業史を物語っています。